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すべては○○だ、という結論で納得していいのだろうか?
まったくかみあわない。 人間ってそんなものなのかな・・・。 何言っても通じるはずが無い・・・。
という結論に私は傾きつつあるわけですが、
法律でよく使われる「比較衡量」という言葉で国際結婚をといていきましょう。
両天秤にかけてどちらが重く重大かを考える。
国際結婚は逃亡やらなにやら多くの悲劇をもたらしてきた。 この事実をふまえるのは当然である。 これは天秤の片方に載せる。
かたや一方で、国際結婚は幸せも生み出してきた。これも事実である。 業者が悪徳だったから高くついたが息子も中学生になる。 この家族との出会いはあのときの決心のおかげだ。 という立場もある。 この幸せはもう一方の天秤にのることとなる。
半数以上が不幸になっているなら、国際結婚はやめたほうがよい。
九割は幸せないし普通の結婚生活。一割は大悲劇。 これはどう考えるべきか? 一割の人に無料で別の女性を紹介するとかセーフティーネットを はればGOであろう。 フルスロットルでゴーサインであると私は考える。
車を考える。車が無ければ交通事故はない。 だから 「必ず死者がでることがわかっている車は廃止すべきだ。」 という人がいたとしよう。別にそういう人がいても構わない。
しかし多くの国民は快適さや便利さを車からもらっている。
これもまた比較衡量論になる。国民が受けることになる便利さの量を想定して天秤にかける。 交通事故死の悲しみの量を反対側のはかりに載せる。
普通は車を廃止しろとは言わないだろう。 言う人がいても構わないが。。。。
国際業界もこの「比・較・衡・量」というものを判断の基礎において議論するわけには行かないのだろうか?
今やバカとバカのののしりあいや虚言妄言ホラ等々が飛びかう悲惨な業界です。
いわれましたよ。バージンロードは何であんな変なところを相手に つっつきあっているんだ、と。 この人は古い友人で私がやるのを見て参入した方です。 業界中の話題だともいってました。
相手にしないのが利口なんだけど根がまじめなもんだから 「アホな。おぬしそれはないであろう」といいたくなる。
でもこんな感じでも無意味ではないのかもしれない。 あるいは少しは、こんな調子でノロノロと良き方へ進んでいるのかもしれない。たとえば周りの話を聞いても逃亡は格段に減っている。
産みの苦しみか?
声の大きい少数派(国際被害者)と声の小さな多数派、つまりそこそこふつうに結婚生活送っている人にわかれる。と私は認識している。 悲劇は一割。ただ一割はすべて女が性格等に醜悪だったのが原因かどうか疑問はある。
ただ国際業者は、割合では低くても数にしたら大変多いといっていい 国際被害者がいることを片時も忘れてはいけない。
ところで世の中悪徳ばかりであるという人もよく考えてほしい。 性格の悪い業者でも、あえてわざわざ悪い女を、悪のゴールドブレンドといっていい女を探し出して日本男性にかましているわけではあるまい。
トラブルの原因は業者より中国人にある。とくに中国人女性。
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