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「私は仏教を信じています」 というのが口癖の中国人女性がいました。
なんでもお釈迦様の骨を一度でもいいから見たいとも。
ところが彼女。口癖が「復讐してやる」 友達も何度も聞いたといってました。
口癖が復讐の仏教徒はないだろう・・・・・・。
比較的長い付き合いがありましたが、復讐・・・・
○復讐についての私の考え
わたしの先輩に可愛い女の子を出産したばかりの人がいました。 可愛がり方もほほえましく、溺愛です。先輩は言っていました。 「もしこいつを殺すやつがいたらおれは刑務所に入ってもそいつを殺す」
私も納得ですが、本来復讐は是か非か、という場合、こういうときに問題になることではありませんか? 復讐についての良し悪しを論じる前提条件。それは つまり理不尽な仕打ちに対する個人的報復は是か非かの問題でしょう? アラブとイスラエルの紛争も肉親を殺されたもの同士の憎しみの連鎖の話です。
復讐の問題はこういうところで語られるべきである。と思います。
○中国 復讐の仏教徒
私が首をひねるのは、仕打ちを受けるに値することを存分にやっておいて、 それゆえの仕打ちであるにもかかわらず、顔を夜叉のように怖く醜くして
「復讐してやる」
ということ。
たとえていうなら泥棒されたので警察に突き出したら
「よくも警察につきだしたな。復讐してやる!」
というに等しい。
そしてこれが女性だったりするからおかしい。
いろんな人いますよ中国は。
反対に孔子の弟子みたいな人もいる。
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○共産党支配化で失われた信仰
中国は共産党支配です。今もそうですし昔もそうでした。 共産主義とは宗教を否定するのが根本原理です。そうなのです。 文化や風俗伝統を古俗な低級なものとする傾向があります。
極めつけは毛沢東率いる文化大革命です。 貴重な仏教寺院、道教、儒教は破壊され、思想的に優れた文物も焼かれました。
今は当局の許可の下、原則的に信仰の自由は認められており昔のような弾圧は許可がある限り行われていません。
○泥棒や犯罪者も信仰を持つ今。
ただその信仰についてどうかと思うものもあります。
表向きカバン屋。実は偽ブランド店。 アンネフランクの隠れ家のようにまさかと思うところに秘密の扉はありました。
入って驚き。雛人形のように派手な装飾の仏さまがいきなり現れた。 大人の背丈はある祭壇です。
なんの仏か知りませんが信仰心もつならその行いを改めないといけなくないかい?
たぶんです。そういう知り合いはいませんが泥棒にもそういう信者がいそう。
「神様仏様ありがとうございます。今日も一日つかまりませんでした。」
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